現在の西洋音楽では、ドレミファソラシドの7音をもとにした音階が基本になっています。長調と短調を前提に曲を捉える考え方も、私たちにはかなり身近なものとなっています。ですが、この形が最初から存在していたわけではありません。西洋音楽の歴史をさかのぼると、音の並べ方や、その捉え方には少しずつ変化がありました。
この記事では、古代ギリシアの旋法から中世の教会旋法、そして長調・短調の成立へとつながっていく大まかな流れを整理してみます。現在の音階がどのような考え方の変遷の中で形づくられてきたのかを見通す概略として読んでいただければと思います。
古代ギリシアでは下降型の発想が中心だった
現代では、音階は低い音から高い音へ向かう上行形で示されることが一般的です。ですが、古代ギリシアの旋法では、下降方向を基準に捉える考え方がありました。
この違いは、単なる書き方の問題ではなく、音の動きをどう感じるかという考え方の違いとも関わっています。
古い時代には、高い音から低い音へ下がる流れのほうが自然な動きとして意識されていたとされます。そのため、旋法の説明でも下降方向の捉え方が前面に出ていました。現在の私たちから見ると少し不思議にも思えますが、音楽の仕組みがまだ今のように整理されていなかった時代には、音の運動をどう感じるかが理論の形にも影響していたと考えられます。
中世の教会旋法では上行形の見方が定着していく
中世に入り、教会旋法が整えられていくころになると、音階を上行形で捉える見方が広がっていきます。この変化には、単に表記法が変わったというだけでなく、旋律の作り方そのものの変化も関わっていたと考えられます。
音が自然に下へ向かう動きを持っているとしても、人間はその流れに従うだけではなく、上へ進んだり、大きく跳躍したりしながら旋律を形づくっていきます。そうした作曲上の意志や工夫が強くなるにつれて、音階も上へ向かう流れとして捉えるほうが都合のよい場面が増えていったのでしょう。
現在の音階表記が上行形を基本にしている背景には、このような旋律発想の変化があったと見ることができます。
イオニア旋法は長調の土台になった
教会旋法の中で、後の長調につながっていくものとして重要なのがイオニア旋法です。
ドからドまで白鍵だけを並べた形、つまり現在のハ長調と同じ並びにあたります。
この音階は、
全・全・半・全・全・全・半
という並びでできています。
前半と後半に似たまとまりがあり、音階全体としても比較的整った構造を持っています。特に半音が置かれる位置が、音の流れに区切りと方向感を与えています。この構造は、旋律を上へ運んでいくときにも扱いやすく、現在の長音階の感覚につながる安定感を備えています。

さらに、この音階の第1音・第4音・第5音の上に三和音を積むと、主和音・下属和音・属和音にあたる三つの主要な和音がすべて長三和音になります。
後の機能和声を考えるうえでも、この点は非常に大きかったといえます。イオニア旋法が長調の基盤になっていった理由は、旋律面でも和声面でも扱いやすい構造を持っていたためだと考えられます。
エオリア旋法は短調の土台になった
短調の土台として重要なのはエオリア旋法です。これはラからラまで白鍵だけを並べた形にあたり、現在の自然短音階と同じ並びです。
構造は
全・半・全・全・半・全・全
となります。
イオニア旋法と比べると、半音の位置や音のまとまり方が異なり、音階の最後も全音で終わるため、上へ引き上げられるような感覚はそれほど強くありません。そのため、イオニア旋法のような明るく整った安定感とは別の、やや陰影を帯びた性格が生まれます。

また、第1音・第4音・第5音の上に三和音を積むと、主要な三地点の和音はすべて短三和音になります。この点でも、イオニア旋法とはかなり対照的です。エオリア旋法は、長調に対する別の性格を持つ音階として残り、後の短調へつながっていったとされます。
自然短音階から和声短音階へ
エオリア旋法は、そのまま自然短音階として受け継がれます。
ただ、自然短音階には、主音へ向かう引力が長調ほどはっきりしないという特徴があります。特に第7音が主音の半音下ではなく全音下にあるため、終止に向かう力がやや弱く感じられます。
そこで、第7音を半音高めて主音への進行を強めた形が生まれます。これが和声短音階です。
たとえばイ短調なら、
ラ・シ・ド・レ・ミ・ファ・ソ♯・ラ
という形になります。
このソ♯は、ラへ進みたがる導音として機能し、終止感を強めます。

ただし、その結果として、もとのエオリア旋法にあった性格は少し変わります。和音の性格にも変化が生まれ、短調の中にも長調的な引力が入り込んできます。和声短音階は、短調らしさを保ちながらも、終止をより明確にしたいという必要から生まれた形と考えることができます。
和声短音階から旋律的短音階へ
和声短音階では、第6音と第7音の間が増2度となり、音階の流れに独特の段差が生まれます。
理論的には重要な形ですが、旋律として歌ったり弾いたりすると、その部分が少し扱いにくく感じられることがあります。
そこで、上行形では第6音も半音高めて、音階の流れをなめらかにした形が生まれます。これが旋律的短音階です。
たとえばイ短調なら、上行形は
ラ・シ・ド・レ・ミ・ファ♯・ソ♯・ラ
となります。

この形では後半の並びが長音階に近づき、上へ向かう流れがかなり明確になります。
一方で、下行するときには、上へ引き上げる必要は薄れるため、自然短音階の形に戻るのが一般的です。

つまり旋律的短音階は、上るときと下るときで形が異なる音階です。この点に、短音階が単なる固定的な形ではなく、音の自然な流れと人間の音楽的な意図のあいだで調整されてきたことが表れています。
長音階と短音階の成立は、音の性質と人間の意志の交差でもある
こうして見ると、西洋音階の歴史は、単に古い旋法が新しい音階に置き換わったという話ではないかと思います。音が自然に下へ向かおうとする性質、主音へ収束したい感覚、旋律を上へ導きたい作曲上の意図、和音をより明確に響かせたい必要など、いくつもの要素が重なって、現在の長音階と短音階の形が整えられてきました。
特に短音階の変化は、その流れがわかりやすいところです。自然短音階、和声短音階、旋律的短音階の三つは、別々の音階が偶然並んでいるのではなく、短調という性格を保ちながら、終止感や旋律の流れをどう整えるかという試行錯誤の結果として理解できます。
現在の音階を当然のものと思わない面白さ
いま私たちは、長調と短調を前提に音楽を学び、ドレミファソラシドの7音階を自然に受け止めています。ですが、その背景には、古代から中世、そして調性音楽の成立へ向かう長い変化の過程がありました。
この流れを知ると、今の音階は最初から完成された形であったわけではなく、旋律の作り方や和声の考え方とともに少しずつ整えられてきたものだとわかります。
音階を単なる並びとして覚えるだけでなく、その形になった理由まで考えてみると、西洋音楽の見え方もかなり変わってくるのではないでしょうか。

